- 4月1日
- 読了時間: 8分

MiraiCraft八王子を立ち上げた今、
自分がどんな道を歩いてきたのかを振り返る機会が増えた。
個の感情に寄り添う姿勢も、
組織の成長を支えたいという想いも、
三方よしの経営に惹かれる価値観も、
そのすべてはどこから生まれたのか。
私の“源泉”をたどる旅は、
意図して選んだ道ではなく、揺れと偶然が積み重なって形になった必然だった。
1. 高校時代──『アルジャーノンに花束を』がくれた違和感
高校時代に読んだ『アルジャーノンに花束を』。
読み進めるうちに、私は強烈な違和感に包まれた。
“すべての視点が上から自分を見ているようだ”
その感覚は、今でも鮮明に残っている。
あの物語は、自分をどう見るか、他者からどう見られているか、
そのギャップをどう受け止めるかを突きつけてくる。
私はそこで初めて、
“自分を俯瞰する”という視点に触れた。
これが、後に人の感情や組織の空気を扱う仕事へとつながる最初の芽だった。
2. 物語が育ててくれた“多層の視点”
若い頃、私はよく物語を読んだ。
銀河英雄伝説、今野敏、堂場瞬一──。
ジャンルは違っても、共通していたのは「
人と組織を多層で描く」という点だった。
銀河英雄伝説は、
個人・組織・歴史・俯瞰の視点が絶えず入れ替わる。
今野敏や堂場瞬一は、
現場の空気、人間の機微、組織のリアリティを丁寧に描く。
私はそこから、
「人は感情で動き、組織は関係性で動く」という感覚を自然と学んでいった。
この“多層の視点”は、今の私の仕事観の根っこになっている。
3. 実務で芽が育ち、言葉になった
社会人になり、新人研修を担当したとき、
受講生からこう言われた。
「阿川さんの研修って、メタ認知ですよね」
その一言で、
高校時代に感じたあの違和感が、“言語”としてつながった。
私はスキルではなく、
「自分をどう見るか」という視点を渡していたのだと気づいた。
人事として現場に向き合う中で、
管理職の孤独、組織の空気、感情の流れ──
目に見えないものを扱う仕事が増えていった。
その頃、東洋医学の「気」という概念にも触れ、
“流れを整える”という考え方が
メタ認知と自然に重なっていった。
4. 転換点──岸英光先生との出会い
私の人生を大きく変えたのは、
学童野球の指導者を始めた頃に受けた岸英光先生のコアコーチングだった。
「今、実現したいことは何ですか?」
と問われ、私はこう答えた。
「自分が関わる野球チームが勝てるようになることです」
すると岸先生は、静かにこう言った。
「本当は違いますね。阿川さんが実現したいのは、
そのチームが勝つことではなく、そこに息子さんが活躍している姿でしょう」
その瞬間、すべてが落ちた。
私は初めて、自分の“本音の源泉”に触れた。
そして、Be–Do–Have(あり方 → 行動 → 結果)
という考え方を“体験”として理解した。
この体験が、私の最初の転職のきっかけになった。
5. 個の揺れ──自分の感情が教えてくれたこと
ここで、私はようやく気づくことになる。
自分自身の揺れこそが、第三者をカウンセリングする源流だったということに。
私は若い頃から、自分の感情の揺れを強く感じるタイプだった。
嫌われたくない。
好かれたい。
相手の反応に敏感で、時に悲しみも感じる。
恋愛においても、
相手の感情に自分を重ねすぎない、
どこか独特の距離感を持っていた。
“自分の感情は自分のもの”という感覚が、
若い頃からどこかにあったのだと思う。
今振り返ると、これらは単なる若い頃のエピソードではなく、
“人の心の動き”に深い関心を持つようになった原体験だった。
そして、
自分の揺れを知っている人だけが、
他者の揺れに寄り添える。
この感覚が、今の私のカウンセリングの核になっている。
6. 偶然のような必然──理念との出会い(プライム上場企業)
最初の転職先は、プライム上場の不動産管理会社だった。
私はその会社の理念に強く惹かれた。
三方よし
相手の立場に立つ
時間は有限
パラダイムを打ち破る
これらは、私がもともと持っていた感性と偶然にもぴったり重なる理念だった。
この会社で、私は初めて
自分の価値観が“言語化”される体験をした。
今思えば、これは“運”のような出会いだった。
7. 志事の方向性を決めた場所(医療法人)
次に働いた医療法人では、まったく違う世界を体験した。
地域密着
利用者に伴走する
地域に根差す
ここでは、
感情・関係性・信頼が仕事の中心にあった。
私はこの現場で、“志事”の方向性が明確になった。
ここでの経験もまた、偶然のようで必然の出会いだった。
8. 20代の私が感じていた“静かな自負”
振り返ると、20代の私は、
外部の方からこんな言葉をいただくことが多かった。
「阿川さんって、侍人事ですね」
「阿川さんのように考えている人事担当者は稀ですよ」
当時はその意味を深く考えていなかったが、
どこかで自分の中に
“自分の人事観は、他の人事とは少し違う”という静かな自負があった。
私は、人事を“制度”や“仕組み”としてではなく、
人の感情・関係性・空気の流れを扱う仕事として捉えていた。
その考え方は、周囲から見ても珍しかったのだと思う。
今振り返ると、この“差別化された人事観”こそが、後に外部人事として独立する必然性を静かに後押ししていたのだと感じる。
9. 事業会社の限界──揺れと自負が導いた“外部人事”という選択
事業会社の人事として働く中で、私は次第に限界も感じるようになった。
もっと個の感情に寄り添いたい。
もっと組織の空気を整えたい。
もっと本音に触れたい。
しかし、会社の論理や枠組みの中ではどうしても実現できないことがあった。
その“揺れ”と、20代から抱いていた“侍人事としての自負”が重なり、
私は外部人事という道へと向かうことになる。
これは逃げではなく、私のBE(あり方)が自然に選んだ道だった。
10. 志事と師事──人生観との出会い
若い頃から関わっていた外部企業の方から、忘れられない言葉をいただいた。
死事 → 仕事 → 志事 → 師事
その方は、成果や効率よりも、
“人としてどうあるか”を常に語る人だった。
しかし、私にとって何より印象的だったのは、
その人の“軽やかな実行力”だった。
「何かおもしろいことやりましょうよ」
「それ面白いですねぇ。やりましょうよ」
思いつきのように聞こえるアイデアでも、
その方は本気で耳を傾け、
「やってみましょう」と背中を押してくれた。
その中でも象徴的だったのが、
「内定者による学生のための説明会」の実現だ。
当時としては珍しい取り組みだったが、
私はふとこう言った。
「企業が学生に伝えたいことは一方的で、
学生が本当に知りたいことは、内定者が一番知っているのではないか」
その思いつきを話したとき、その方は即座にこう言った。
「それ、面白いですねぇ。やりましょうよ」
この一言で、アイデアは現実になった。
私はこの経験から、
“志事とは、誰かの未来を少しだけ良くするために、
思いつきを形にすること”
だと学んだ。
その方は昨年亡くなられたが、
その背中から学んだ“あり方”は、今も私の支援の根底に流れている。
MiraiCraft八王子の“伴走型”という姿勢は、まさにこの人生観から生まれている。
11. 補完されていく思想──カーネギー、鏡の法則、乃木坂46
人生の節目ごとに、新しい視点が少しずつ加わっていった。
カーネギーは、
「人は理屈ではなく感情で動く」という、人間理解の基本を教えてくれた。
鏡の法則は、
「内側が整えば、外側も整う」という、組織支援の本質を言語化してくれた。
そして、私にとって意外なほど大きな影響を与えたのが、
乃木坂46という存在だった。
AKB48が全盛期だった頃、
秋元康は“公式ライバル”として乃木坂46をつくった。
私はそこに、単なるアイドル戦略ではなく、
明確な組織論としての意図を感じた。
AKB48は競争を前面に出し、
個の魅力を最大化するモデルだった。
一方で乃木坂46は、
調和・美学・世界観を軸にした、
“組織として魅せる”モデルだった。
私はファンとしてその違いを見ているうちに、
「これは単なるライバル構造ではない」
「秋元康は“組織のあり方”そのものを問い直しているのでは」
と感じるようになった。
この視点は、
私の中の“組織を見る目”を大きく広げてくれた。
個を尊重しながらチームをつくる
世界観を共有することで組織は強くなる
競争だけでは持続しない
調和と美学が組織の魅力をつくる
これらは、私が今支援している企業にもそのまま当てはまる考え方だ。
こうした思想が少しずつ補完され、
私の中で自然と統合されていった結果、
「人の感情に寄り添い、組織の流れを整える」
という今の支援スタイルが形づくられていった。
12. そして今──MiraiCraft八王子へ
こうして振り返ると、私の源泉はひとつではなかった。
物語、実務、揺れ、出会い、思想──
それぞれが点として存在し、
長い時間をかけて線になり、今の私の“志事”につながっている。
MiraiCraft八王子は、その線が形になった場所だ。
私はこれからも、
人の感情に寄り添い、組織の成長を支え、地域の三方よしを実現するために、
この“源泉”を大切にしていきたい。
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